Target is down. Repeat, target is down.(「24 Twenty-Four」)

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シーズンIVまですべて見て、やっと「24」の呪縛から解放されました〜。(ほっ。)
「ヒアリングマラソン」じゃないですけど、100時間分も連続して英語を聞いていると、私のつたない英語力にも、ちょっとした変化が。
シーズンIIIからは、日本語でなく英語の字幕で見てみましたが、字幕は会話のスピードでどんどん変わるわけですから、強制的に「速読」させられて、ヒアリングもさることながら、意外にも英語の文章を読むのが若干速くなったような。(気も。)
映画というのは、2時間半くらいの時間で、物語の背景とか登場人物の名前とか、いろんなことを理解しないといけないのが大変ですが、テレビシリーズというのは、その点も楽です。規制も映画よりは厳しいせいか、(上品な英語とは言えないんでしょうけど)、お下品な言葉も少ない気がします。(「ディア・ハンター」とかと比べて、ということです。はい。)
−−−
さて、私は以前から、今後の人類の歴史の中で、数百万人を巻き込むテロが1度も発生せずに済むという気が全くしてなかったのですが、「24」を見てますます、大規模テロを防ぐのは実際には不可能に近いのだということを確信しました。
ライブドア問題で「投資事業組合の監査を厳しくしろ」等、規制の強化が検討されてますが、私は(誤解を恐れずに言えば)、「ライブドア程度の話」が、今後も何度も懲りずに出てくるような(程度の)経済システムというのが「いい」経済システムではないかと常々考えておりましたし、47thさんの「エンロンはいつでも起きる (Enron Happens)」で紹介されているHu教授(そして47thさん)のスタンスにも大いに賛同するところであります。(小泉内閣は構造計算書偽造やライブドア問題で支持率急降下ということで、お悔やみ申し上げます。)
しかし、「Terror Happens」というのでいいのかどうか・・・ということになるとよくわかりません。もちろん、世界には60億人も人間がいるので、数百万人死ぬようなテロが何度か起きても、生物種としての人類が滅びるということには直接にはならないでしょうけど、それを引き金に人類の保有する多数の核兵器が発射されるような事態に発展するのかどうか・・・というのは、軍事専門家でないのでよく存じません。ただ、少なくとも現在我々が利用している経済システムについては、そうした大規模テロが起こった後に、そのままの形で存続できるとはとても思えないです。
ということで、「24」を見た人のほとんどは「テロ対策予算は、もっと増やした方がいいよね」という感想を持つでしょうし、このTVシリーズが予算を増やしたいCI○等の諜報機関に全面的にバックアップされているんじゃないか、というような落合信○的インボー論も頭をかすめるわけですが、
・・・少なくとも、ライブドア問題が、「もっと監査コストを上げたほうがいいよ」という日本公認会計士協会のインボーでないことだけは確かだと思います。
(ではまた。)

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Target is down. Repeat, target is down.(「24 Twenty-Four」)” への2件のコメント

  1. おつかれさまです^^
    しかもTwenty-Fourを見ていると、シリーズが進むごとに結果回避が難しくなっているので、ますます怖くなるんですよね。
    最近、アメリカではテロ対策としての盗聴許可は大統領権限かどうかが争点となっていますが、24を見ていたら、盗聴ぐらい何てことないという雰囲気になってしまいそうなところで・・・まさか、シーズン5の放映時期が重なっているのも、そういう効果が・・・
    ただ、一方で、シーズン2あたりでの、ひたすら報復を我慢するパーマーの姿なんかは、ブッシュ政権に対するそこはかとない皮肉を感じたりもするところで、ひょっとしたらいろんなとこにスポンサーがいたりするのかも知れませんね^^

  2.  ごく少数の人間が、ピクニックにでも出掛けるような気軽さで大量殺人を計画するというのは、実は古くから存在するお話です。都市の脆弱性を衝くということですから、歴史の発生と共にあると言っても過言ではありません。
     呪詛などというプリミティブなところは除いたとしても、毒物による水源汚染、風の強い夜の放火…など、取り立てて主義主張など無くとも、よく行われてきています。よく考えれば、戦争と大規模テロの違いも、主体と関与する規模の違いに過ぎないのかも知れません。
     都市集住の人口規模が拡大するに連れ、対策の充実によって方法論は変化し、対して予想される被害規模は桁違いに大きくなりました。方法論の方では、使うものが変化し、高額化したのと同時に、ピクニックの気軽さから、ちょっとした起業レベルへと難易度も変化しつつあります。
     「ちょっとやらかしてやろう」というバカ者を事前に拘束する困難さを思えば、如何なる対策も抜け穴があるであろう事は織り込むべきでしょう。
     大規模テロ被害を避けるための一番の方法は、集住を避け、人の集まるところには行かないということに尽きます。…田舎暮らしの偏屈老人が一番安全な暮らしということになりますが、それでも、インフラを破壊され、長期間にわたって復興できないとなると、今の時代、自給自足もままなりませんので、どうなるものやらわかりませんね。