買収防衛策の経済学的な意味(ニレコのプランを振り返って)

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買収防衛策って、「適切な」言葉なんでしょうか?


 
M&A専門誌マール(MARR)の8月号に ちょうど載っている、東京大学大学院経済学研究科 柳川範之助教授の「企業価値・買収防衛策についての経済学的考察」という論文から、ちょっと引用させていただきますと、(下線部引用者)

買収防衛策は買収を不可能にするものではなく、むしろ買収提案が行われた後に、経営陣が株主に対して反対提案を行うことで、株主に十分な情報提供を行い、適切な判断を行わせるだけの時間と機会を与えるものとして設計されるべきである。このような交渉機会や情報提供を促進することは、情報の非対称性の問題を軽減し、最適な意志決定を株主に行わせるという意味では望ましいものである。

つまり、(ピープルソフトとオラクルのケースが好例ですが)、買収防衛策というのは、情報がうまく伝わらないことにより株価が過小評価されている場合(など)に、それに乗じて安く買い叩かれること(など)を防ぎ、なるべくいい条件で株を売却できるようにするなどして株主のみなさんに得をしていただくべき趣旨のものであるはずです。
ところが、日本語の「防衛」という言葉には、こうした「条件によりまっせ」という大阪商人的ニュアンスは皆無ですよね?「北朝鮮は悪いやつだから、攻めて来たら追い返す」が「アメリカが攻めてきたら、条件次第では国を明け渡す」という概念では全くない。「どこが攻めてこようと、断固として突っぱねる」のが「防衛」でしょう。
「うちの会社も買収されちゃうかも」という潜在的恐怖におびえる経営者や経営企画部門の人に書籍や雑誌を売るには非常にナイスな言葉だと思うんですが、当ブログのコメントやトラックバックを拝見しても、「企業の経営者が買収を防衛するのはまずいのでは?」というような疑問が散見されますので、正しいイメージの伝達には役立ってないのかな、と。
むしろ、「企業の受付」とか「細胞膜」とかのように、「通すべきものは通す」というイメージの言葉の方がいいわけですが。「ライツ・プラン」というのも何のライツなのかよくわからないし、「セキュリティ・プラン」というのはいい言葉だったと思うんですが、ニレコさんの件で、ちょっとケチがついてしまいましたし。
ニレコは「失敗」したのか?
さて、そのニレコさんは、地裁・高裁の決定では新株予約権の発行が認められませんでしたので、法律的な意味ではニレコさんが採用しようとした買収防衛策は「失敗」だったのかも知れません。
しかし、下記のチャートをご覧下さい。
nireco_20050719.gif
(出所:Yahoo!ファイナンス
それまでの同社の株価は850円前後をうろうろしていたわけですが、買収防衛策発表の直後は、株価が急騰・急落、それでも基本的には800円台前半をうろうろして、6月の終わりから突如株価が跳ね上がり、1000円をうかがう展開となります。
この最後の急上昇のきっかけは、ニレコさんが(信託型を含めて)当面、買収防衛策の導入をあきらめたという報道に起因したんじゃないかと記憶しております。(違ってたらどなたかご指摘ください。)
裁判所の決定にまで「上値を抑える強力な下げ圧力」と書かれちゃった買収防衛策がとっぱらわれたものの、状態としては買収防衛策発表前に戻っただけですから、その発表以前にくらべて、評価が100円ちょっと(時価総額で10億円ちょっと、約15%)程度見直された、とも考えられますよね。(この株価がこのまま続けば、ですが。)
プラン発表前には、(失礼ながら)ニレコという企業名を知っている人はほとんどいなかったんじゃないかということを考えれば、すさまじいPR・IR効果があった上に、「そんなお買い得な企業だったのかー」と企業価値も見直させたとしたら、これは、前述の「株主に適切な企業価値情報を伝える」という経済学的な意味での買収防衛策としては、大成功だったとも言える・・・と言ったら、奇をてらった意見と思われるでしょうか?
これだけ上がってもなお、連結PBR0.68倍と純資産を割り込む「割安」な時価総額であるとともに、業績との対比としては連結PER88.15倍とかなり「割高」。(ともにYahoo!ファイアンスによる。)
今後、どうなるか楽しみですね。
(ではまた。)

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買収防衛策の経済学的な意味(ニレコのプランを振り返って)” への3件のコメント

  1. こんにちは。ごくごく単純に議論すれば、市場の効率性が上がってPBRの信頼度が上がれば、
       PBR<=1 立法によって経営陣に買収防衛策を与える意味がない
       PBR>=1 経営陣に買収防衛策を与える必要がない
    ですよね。だから市場の信頼度が「十分に」上がるまでの過渡期的な話なのですが、この点が忘れられているように思えるときがあり、それは確かにマズいと思います。

  2. PBRは単に会計上の一株あたり純資産に対する株価の割合であって、
    会計上の一株あたり純資産は会社の価値とは無関係ではないけれど、イコール会社の価値ではないです。
    だから、どんなに市場が完全であってもすべての上場株式についてPBR=1とはならず、またなるべきというわけでも全然なく、PBRの数値によって買収防衛策を与える意味や必要を云々いうのはとても議論がずれていると思いますが。

  3. ちなみに、柳川先生がおっしゃる経済学的な企業価値は、「株主に附属する付加価値の割引現在価値」(フローの概念)であって、PBRのようなストック的な観点の評価ではありません。
    また、引用は省略させていただきましたが、「買収者が購入する株価が企業価値以上であれば買収防衛策を与える意味がない」、ともおっしゃってなくて、高く買ってはくれるが買収者がアホで、元の経営者だったら実現できた企業価値を実現できない可能性もあるわけで、そういう場合にも経済学的には買収防衛策が必要だろう、とおっしゃってます。
    (ご参考まで。)