「オンライン証券会社の増収は株価の下げ圧力」か?

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CNETの情報化社会の航海図で渡辺聡さんが、板倉雄一郎さんの記事
「オンライン証券会社の増収は株価の下げ圧力」
「ゴールドラッシュに例えて」
を引用されて「インターネットが生み出したもの:証券市場の事例」という記事を書かれていらっしゃいますが、「はあ?」って感じですので、ちょっと突っ込ませていただきます。
まず元の板倉雄一郎氏の記事ですが。

何度も書いていることですが、企業にとっての資本コストは、投資家にとっての期待収益率です。(中略)
これまた何度も書いていることですが、企業が価値創造を実現できる根源的な理屈は、すなわち・・・
Economic Profit = (ROIC-WACC=Spread)*IC
当該企業の経済的付加価値=
[投下資本利益率−加重平均資本コスト=スプレッド]*投下資本
です。
(中略)
さてここで、「一取引辺りの手数料」がオンライン証券会社のおかげで、劇的に低下したのは確かですが、それ以上に「取引回数(市場全体では「出来高」)」が上昇したからこそ、オンライン証券会社の増収増益となったわけですよね。
つまり、これは、市場全体として「取引手数料総額が上昇した」ということです。

(と、ここが違っちゃってるわけですが、)

ちなみに、資本コストが上昇したからと言って、ROICが増加するわけでもありませんし、ICはむしろ増やしにくくなるわけですから、株価は(企業が生み出すキャッシュフローに対して相対的に)自ずと下がります。
以上をもっての結論は、
「オンライン証券会社の増収は、株価の下げ圧力」というわけです。

とあります。数式が書いてあるので理論的なようですが、良く読むと途中で論理が飛躍してますよね。
ちなみに、板倉雄一郎氏は「オンライン証券会社の増収は株価の下げ圧力である」とおっしゃってるのに、渡辺氏の記事では、

以上がインターネットの普及で証券市場にどのような影響が出るのかという問いへの回答例となる。勘の良い方であれば、上記がバブルの発生要因にもなりうることはお気づきかと思う。

と、全く逆の結論になってしまってますが。
証券各社の実像
主な証券各社の昨年度の決算数値は以下のようになってます。
image001.gif
これをわかりやすくグラフ化してみると以下の通り。
image002.gif
見て頂いておわかりのとおり、まだオンライン証券大手(下の6社)といっても、収益(売上)は大手証券と比べると象とアリほどの差があります。オンライン証券の収益が多少増えたところで、資本市場全体の「コスト」(=証券会社の売上)が上昇するなんてことはありえないわけです。
株式の委託手数料だけ取ってみても、野村ホールディングスさんのセグメント情報によると、2002年3月期が932億円、2003年3月期が775億円、2004年3月期が1374億円と、大きく変動してますが、この2003年から2004年にかけての変動幅600億円だけで、オンライン証券上位4社の収益の合計に匹敵します。
「売上高が」じゃなくて「売上の変動額が」です。
(「太陽表面のフレア一つが、地球よりはるかにでかい」ってな感じですね。)
合成の誤謬(fallacy of composition)ってやつですが、市場全体のマクロなことを考えるには、「ミクロな論理の積み重ね」や「例え話」でなく、マクロの「実データ」や「総額」でホントにそうなっているのかをチェックする必要があるんじゃないかと思います。
資本のコストは「手数料」だけではない
もう一つ。証券の取引コストというと、普通「手数料」だけを考えてしまうんですが、これも以前申し上げたように、手数料コストというのは投資家から見た証券の取引コストのほんの一部、「氷山の一角」であって、全体のコストとしては、マーケットインパクトとかタイミングコストとかのほうが大きいわけです。
image002.gif
総合証券は、こうした投資家から見た株式の委託手数料以外のセカンダリー市場の収益の他、引受手数料など発行市場でも収益を上げてます。
ちなみに野村証券さんの場合、収益約1兆1千億円に対して、株式委託手数料はその8分の1の1374億円に過ぎません。(これだけでオンライン証券市場全体の売上より多いわけですが。)
こうした証券会社の売上の(ほとんど)全部が、板倉氏のおっしゃる資本市場の「コスト」になってるわけです。
構造変化要因が大きい
というわけで、オンライン証券会社は資本市場全体の中では絶対値がまだ非常に小さいので「伸び幅」で見ると増収増益ということになりますが、その伸びがマクロ経済や株価に影響を与えるなんてのは、おこがましい限りで・・・。
CNETさんの昔の記事「オンライン証券の軒並み最高益に死角はないのか」にもありますとおり、資本市場全体は右上がりで漫然と膨らんでいるわけではなく、激しい競争によって、対面営業の大手や準大手証券の売買シェアがオンライン証券に移り、オンライン証券の中でも中小が淘汰されて大手へのシェア集中が進みつつあるという「構造変化」によるものが大きいかと思います。
オンライン証券では、それまで取引金額に対して1%だった手数料が、同0.1%を切る水準の手数料になってます。今まで対面証券で取引をしていたお客さんがオンライン証券に移って平均売買量が仮に5倍に増えたとしても、手数料が10分の1になれば、市場全体で見てそのお客さんについての「コスト」は2分の1。そういう顧客の移動が急増しているので、オンライン証券の売上げは増えてますが、それは市場全体のコストを押し上げているかというと全く逆で、全体としてはより低コストで「なめらか」な証券執行が行える市場環境が形成されてきているかと思います。
世の中に価格が10倍も違うものってもなかなか無いので、普通の感覚から想像される現象とは違ってくるかも知れません。
オンライン証券の顧客像
板倉氏の書きっぷりを見ても、「オンライン証券の顧客は、投資理論もよくわからずに売買を繰り返しているアホな人たち」という先入観が非常に強くてらっしゃるんじゃないでしょうか。
しかし、実際、私の知ってるオンライン証券の利用者というのは、理系の研究所の方だったり、外資系コンサルティング会社のパートナーだったり、医学部の教授だったり、銀行員だったり、会計士だったり、SEの方だったり、CNETでブログを書いてらっしゃる方だったりと、知的水準が世間の平均より高い方々が多いんじゃないかと思います。
実際、(先日以降分析の深掘りが進んでませんが)、オンライン証券のお客さんの平均パフォーマンスは市場平均よりいいようなんですよね。
少なくともパソコンが使えないと取引ができないわけですし、ネットの様々な情報を見ながら自分の意思で取引をしているわけですから、(もちろん全員が必ず儲かるなんてことは決して申しませんが)、「営業マンに強引に勧められてよくわからないのに取引しちゃう」というような投資家よりは平均パフォーマンスがよくてあたりまえかと思います。
ハイパーネット
ハイパーネット時代の板倉氏に一度お会いしたことがありますが、ハイパーネットは、私が生まれて初めて「こりゃすごい!」と思った情報通信系のビジネスモデルです。間違いなく、当時のハイパーネットのセンスは世界最高水準を行ってたと思いますし、それをあの時代に考えつかれた板倉氏はすごい。
それにつけても、今の日本の資本市場が仮に「あのとき」存在していれば、ハイパーネットが世界に羽ばたけた可能性は非常に大きかったわけで、ハイパーネットの倒産は、その後「日本の資本市場をなんとかせにゃ」という私の(ささやかな)思いにも非常に大きく影響しました。また、オンライン証券は(売上は小さいながらも)その「新しい資本市場」の「潤滑油」として非常に重要な役割を果たしているのではないかと思ってます。
(と、ハイパーネットの経緯をいろいろ考えてみると、板倉氏は、オンライン証券会社(の特定の方)があまりお好きでないということもあるのかも知れませんね。:-)
(ではまた。)
★追記:
板倉雄一郎さんから、直々にコメントいただきました。(コメント欄参照↓)

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「オンライン証券会社の増収は株価の下げ圧力」か?” への13件のコメント

  1. 磯崎哲也様
    エッセー楽しく読ませていただきました。
    ただ、根本的には、僕の主張を否定されていないように思うのです。
    磯崎さんのおっしゃるとおり、「資本コストは、取引手数料だけではない」というは、僕も100%同意しますし、また「現時点では、オンライン証券会社の手数料など、市場全体から見れば、極めて小さいものだ」というのも、100%同意します。
    僕が主張しているのは、「現時点では、ほんのわずかな額ではあるが、その取引コストは、資本コストの上げ圧力である」というだけの話です。
    つまり、カンタンに本質を言えば、「取引手数料」の問題ではなく、短期投機家は市場においてネガティブな存在だ」ということです。(一方、バリュー投資家にとっては、短期投機家のおかげで、そのチャンスが増えるとも言えますが)
    まあ、これを機会に、いろいろ意見交換させていただければ、幸いです。
    僕があのエッセーを書いた本質は、僕のWEB(www.yuichiro-itakura.com)にある、SMU第170号「アホナ株主が企業を駄目にする」というのが期限です。
    以上、板倉雄一郎

  2. 板倉雄一郎様、
    ごぶさたしております。(といってもかなり昔に一度お会いしたきりなので覚えてらっしゃらないと思いますが・・・。)
    さっそくにコメントありがとうございます。
    私も「短期売買が儲かるというわけじゃないよ」という考え方には大賛成ですが、かといって、「オンライン証券会社の増収は株価の下げ圧力」という結論になってしまうと、ミスリーディングだと思った次第です。オンライン証券の口座当たりの売買回数を分析していただければおわかりのとおり、「オンライン証券の顧客=短期投機家」というわけでもないですし。
    また例えば、手数料率が1/10になれば、手数料が高いときには10%まで下がらないともったいなくて損切りできなかったのが、3%下がっただけで損切りすることにして売買回数が5倍に増えたとしても、手数料をはるかに上回る損失抑制効果があるわけですから、「売買回数が多くなる=悪」ということでもないと思います。ある銘柄をバリュー投資するにしても、下がったらいったん売って、また上がってきたときに自動的に買うようにしておけば、ただずっと保有しているのよりわずかな手数料分だけパフォーマンスが下がるだけで、ダウンサイドリスクは非常に小さくなります。
    ちなみに、私は、「ライオンはか弱い草食動物を食うから悪者だ」という考えではなく、板倉さんが「一方、バリュー投資家にとっては、短期投機家のおかげで、そのチャンスが増えるとも言えますが」とおっしゃってるとおり、「ライオンもハイエナもシマウマもいて一つの生態系」だと考えてます。大手金融機関のように、みなさん一つのベクトルに考え方がそろっちゃうのではなく、「多様な考え方」が存在するところが私が資本市場が好きなところです。
    こちらこそ、これを機会にいろいろ意見交換させていただければ幸いです。
    よろしくお願いいたします。
    ではまた。

  3. 磯崎さん
    ごめんなさい。僕覚えていません。でも、楽しいです。こういうの。
    「ライオンは、か弱い草食動物を食うから悪者だ」と言っているのではありません。
    「ライオンが増えすぎ、草食動物を食べ過ぎれば、自然環境が破壊され、結果、ライオンも生きられない」ということを主張しているのです。
    根本的な、部分での行き違いですね。
    「価値は、時間が経過しなければ、創造されず、よって短期でのリターンは、ゼロサムであって、社会経済全体としては、得るものが無い」と言っているわけです。
    でもさぁ、今度お食事でもしようよ。
    僕のメールに、返事くださいな。
    楽しみにしています。

  4. >「ライオンが増えすぎ、草食動物を食べ過ぎれば、自然環境が破壊され、結果、ライオンも生きられない」ということを主張しているのです。
    根本的な、部分での行き違いですね。
    違ってるかも知れませんが、あまり違ってない気もします。
    「食べ過ぎれば」というところがポイントで、「このまま進むと自然環境破壊まで行く」と見るか、「食べ過ぎるとシマウマの数が減ってライオンも数が減ることによって均衡するのが自然の摂理」と見るか、ですね。
    私は楽観的なのか、基本的には後者派で、経済合理性に反するほど頻繁に売買をする人が、マクロ経済に影響を与えるほど増殖するとは(今のところ)考えていません。
    >今度お食事でもしようよ。
    ぜひぜひ。
    直メールでご連絡いたします。
    では。

  5. 磯崎さん
    まあ、要するに、あまり本質的な違いは、両者に無いと思うのですよ。
    じゃあ、メール待ってますね。

  6. まあ、全体のコストに対して
    言うならば
    証券会社全体(対面含め)での増収は
    下げ圧力だが、
    もっと深い観点からすると
    市場に流入してくる資金が大きいほど
    取引が活発になり増収になるので
    現実には逆になる。
    つまり名目上は資金流入により
    全体の市場時価総額が増えるが
    増えた資金を考慮せずに
    市場内のみで完結する場合
    (ちまりパイの変動を無視する)
    は純粋なコスト増となりうる。

  7. 分かりません。
    オンライン証券の顧客像のところで
    オンライン証券のお客さんが知的レベルが高く
    市場平均よりもパフォーマンスが良いというのが
    分かりません。
    知的レベルとパフォーマンスには因果関係が
    あるのでしょうか?
    オンライン証券のお客さん(デイトレーダー)で
    パフォーマンスが良い人は全体の何%くらいで
    しょうか?
    おそらく非常に少ないと思います。

  8. 補足です。
    さっきのコメントは特に
    批判として書いたのではなくて
    本当に因果関係があるのかが
    知りたかったからコメントさせて
    いただきました。
    私もオンライン証券のお客さんの一人なので
    非常に興味があります。

  9. こんにちは。
    >知的レベルとパフォーマンスには因果関係があるのでしょうか?
    当然あるもんとばっかり思ってましたが、ないでしょうか?
    投資をまったくやったことがない人を、ただ知的レベルが高いグループとそうでないグループにわけて株の取引をやらせてみるという実験をしたらどうなるでしょうか、ということじゃないですから。日常から、知的好奇心を持って、いろんなものを見聞きして情報を仕入れたり、どうやったら勝てるかをよく考えている人の方が「平均」パフォーマンスは上がるんじゃないでしょうか。仮説ですが。
    >オンライン証券のお客さん(デイトレーダー)でパフォーマンスが良い人は全体の何%くらいでしょうか?
    まず、オンライン証券のお客さん=デイトレーダーというわけではないですよね。そもそも、オンライン証券のお客さんの中でもデイトレーダーの比率というのは非常に少ないと思いますし、デイトレードという手法の方がパフォーマンスがいいかというと、それもどうなんでしょうか?
    機会があれば調べてみたいです。
    ではまた。

  10. 知的レベルとパフォーマンスの因果関係の件
    多くのファンドの成績が市場平均よりも悪いのは
    何故でしょうか?
    ファンドを取り扱う機関投資家は疑いようもなく
    知的レベルが高いと思います。
    オンライン証券のお客さんの件
    オンライン証券という単語の前に
    「デイトレーダーとLinux」へのリンクが
    貼られていた為、オンライン証券のお客さん=デイトレーダーだと
    認識してしまいました。
    そんな事はどうでも良いですが、
    オンライン証券のお客さんの成績が市場平均に勝っている
    という結果に驚いています。
    どのくらいの期間、継続して勝っているのでしょうか?
    またベンチマークの方法が知りたいです。
    失礼な言い方になっていたらすいません。
    本当に分からないです。

  11. ファンドのように資金の運用量が増えれば、パフォーマンスが低下するのは当然、そもそもデイトレーダーを規定する事ができるかどうか。
    けれども、まあ手数料などのコストを考えても、所謂大手で取引している人間よりは、ネット証券で売買しているパフォーマンスが高いのは当然だと思うが。あとファンドを運営している人間が知的レベルが高いというが、どうかな。結構適当に運用しているとこおおいんだが。

  12. 磯崎哲也事務所&板倉雄一郎事務所に釣られた

    「オンライン証券会社の増収は株価の下げ圧力」か?/isologue †by 磯崎哲也事務所
    SMU 第178号「オンライン証券会社の増収は株価の下げ圧力」/板倉雄一郎事務所
    なんか関係者の反論のようで嫌なのですが面白いので磯崎さんに釣られました。
    オンライン証券の増汐..

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    IPO(Initial Public Offering)とは、いわゆる「株式公開・新規公開株式」のことです。株式公開の方法は証券取引所市場への上場とJASDAQ市場への登録があります。株式公開時においては、通常、新株を発行して株式市場から新たな資金調達を行う「募集」や、既存株主が噴..