「冬のソナタ」と曽我ひとみさん

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奥さんが「冬ソナ」にハマってビデオ屋で全巻借りて見まくっているのを横からチラ見している磯崎です。

仕事柄、「どっちが経済的に有利か」てな思考パターンの中にドップリつかって暮らしていることもあり、この「10年前に死んだ恋人を想い続ける」とか「金持ちでない方の恋人を選ぶ」とか「28歳にもなって、おでこにチューだけ」といったピュアな世界は、非常に新鮮で。
「オープンな社会」、「市場メカニズム」といった言葉につられて自分の倫理観の足場がぐらついてないか、再チェックの必要性を(ちょっと)考えさせられます。ドラマであることを割り引いても、「(IMF後の)韓国でもまだ『そう』なんだ」というところが、ちょっとした驚きでした。
本日の日経朝刊社会面「曽我さん『必ず帰ってきます』」という記事も、普段であれば、「帰ってくるに決まってんじゃん」(なぜなら日本で暮らした方がいい生活ができるから)と思って読み飛ばしてしまうところですが、冬ソナを見た後だと、「家族と北朝鮮に帰ってしまうという選択肢も、実はかなり可能性アリなのかも・・・」という気がしてきてしまいます。
改めて、「拉致被害者の方々から日本の現在の社会がどう見えているのか」について、考えさせられました。
(ではまた。)

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「冬のソナタ」と曽我ひとみさん” への2件のコメント

  1. こんにちわ。
    むしろ、(IMF後の)韓国では「そう」ではなくなってきているから、ドラマとしての「そう」いうストーリーが受けるのかな、なんて想像しました。

  2. 合理的に考えるとそのご意見の方が説得力あるような気がします。
    ただ、「冬ソナ」見ると、その「合理的」な考え方がなんか吹っ飛んじゃいまして(苦笑)ということで。
    いわんや、「IMF前」度(?)が超高い北朝鮮に長年いらっしゃった方が、1年ちょっと「退廃した資本主義文化」の中にいらっしゃった場合に、どういうお考えになるのか、というのは、よく考えてみると、私の想像を絶する世界だなあ、と。
    もちろん、周囲はどんな手を使っても曽我さんを止めるでしょうから実際に北朝鮮に帰っちゃう可能性はほとんどゼロなのでしょうが、「自由に選んでいいですよ」と言われた場合に、どういう選択肢を選ぶのかなあ、と、ふと思った、ということです。
    ではでは。